最後に嘘をつく

 ある日、唐突に、そういえば「愛と青春の旅だち」をまだ見てなかったことに気が付いた。ちょうどその時は図書館に本を返しに行く途中だったので、本を返してから図書館のDVDコーナーを何気なく覗いてみた。そしたらちゃんとあるではないか。これはどう考えても神様が俺に見ろと言っているのだろう。当然すみやかに件のDVDを借りてきた。
 「愛と青春の旅だち」は83年の正月映画として封切られた。その年の正月興行は、これと「E.T.」と「食人族」が三つ巴の熾烈な争いを展開したそうだ。言うまでもなく「E.T.」は当時の興収記録を塗り替えるメガ・ヒットとなった作品である。しかし「愛と青春の旅だち」のほうも「E.T.」にせまる大ヒットを記録した。そしてこれが成功したせいで、以後「愛とナントカのナニナニ」といった邦題がやたらと増えてしまったという、ある意味エポック・メーキングな作品である。もちろん大抵のレンタル・ビデオに置いてある。しかし俺は長年この作品を素通りしてきた。
 白状すると、こういういかにもOLが好んで見そうな映画が苦手である。愛とか青春とかを真面目に語られても、どうにも興味がわかないのだ。むしろそういったものを笑い飛ばすような作品が自分の感性にはフィットする。しかし、である。俺もおっさんと呼ばれる年齢に達し、脳の構造が徐々に変わってきた。トンガることに疲れを感じ始めてきた。いままで敵対していたOL的感性に対しても、かなり寛容になってきたわけだ。長年の食わず嫌いを克服してDVDに手を伸ばしたのも、そんな心境の変化が影響しているのだろう。
 見てみたら、なかなかよくできた作品で感心した。こりゃ人気が出るわけだ。特に目新しいことをしているわけではなく、当たり前のことを着実にこなしているタイプの映画である。スタッフとキャストがそれぞれのパートで、手を抜かずきっちり仕事をしている。いうなればハリウッド的職人仕事の集合体であり、まさに「開運!なんでも鑑定団」における中島誠之助の決めゼリフのような作品だった。
 シナリオ構成なんかも教科書的でガッチリしている。いちいち細かく説明するのは面倒なので、一点だけ、俺が特に感心したラストの処理について語ろう。このお話は基本的にリアリズムで進んでいくんだけど、最後の最後でファンタジーに転換する。普通ならハッピー・エンドになり得ない状況なのに、最後の最後で大逆転するのだ。この脚本が巧妙なのは、大逆転の前に最終試験と卒業式という二つのイベントを用意している点だ。この二つのイベントで描かれるのは、それまでのリアリティを壊さない程度の、ごく小さなファンタジーである。それが観客の心理的抵抗を緩和する役目を果たしている。ラストの大ファンタジーの前にささやかなファンタジーを二つ積み重ねることで「とって付けた感じ」を回避している。だから観客はなんとなくラストの絵空事に納得させられるのだ。いわばジャンプの前のホップ、ステップである。
 ネットで検索してみると、このラストを「出来すぎだ」として批判する向きがあるようだが、俺はそう思わない。大衆に奉仕する娯楽映画という観点から見れば、これはまったく正しいラストなのだ。この映画の性質からして、最期までリアリズムで押し通して完成度が上がるとは思えない。
 ところで俺はこのラストでファンタジーに転換する手法が鎌田敏夫方式と同じものだとスルドク気がついた。鎌田敏夫とは「金曜日の妻たちへ」や「男女7人夏物語」の脚本家である。
切通  鎌田さんは、昔インタビューで作劇術についてこう言ってるんだ。「最後に一個だけ嘘をつく」って。
これは96年に映画秘宝が出した「夕焼けTV番長」というムック本における切通理作の発言である。「最期に嘘をつく」という言葉はなかなか格言めいていて印象には残っていたけど、正直言って今までこの言葉を真面目に考えたことがなかった。ハッキリ言って鎌田ドラマを見てもピンと来なかったからだ。ところが何故か「愛と青春の旅だち」を見た途端、「ああ、そういう事だったのか」とストンと腑に落ちたのである。実に不思議な現象である。長生きはするもんですな。
 もちろんハリウッドが鎌田敏夫の作劇法に注目していたとは考えにくい。むしろこの「最期に嘘をつく」手法は昔ながらのハリウッドの伝統であり、そういう映画を見て育った鎌田敏夫がテクニックを取り入れたという順番だろう。昔はこういうウェルメイドな中規模作品がハリウッドでも盛んに作られていた。
 しかし、「愛と青春の旅だち」のような職人的仕事を駆使した中規模作品は、その後ハリウッド映画から駆逐されてしまう。きっかけになったのが「トップガン」だ。これは「愛と青春の旅だち」の道具立てを拝借したリメイクのような映画である。しかし表面上「愛と青春の旅だち」をなぞりながらも、それをスタイリッシュでゴージャスなアクション大作に転換させていた。この手口は悪名高きハリウッド・リメイクの手法じゃないか。そして「トップガン」で一躍名を上げたプロデューサーこそ、かの有名なジェリー・ブラッカイマーである。以後ハリウッドは大規模予算の娯楽映画かアート系の低予算映画に二極分化していく。
 なぜか日本でも似たような状況になっていて、テレビ局主導の大作映画とビデオ撮りの低予算映画に二極分化している。脚本に趣向を凝らしたウェルメイドな中規模映画は西川美和とか内田けんじとかが頑張っているけど、雨だれのようにポツリポツリとしか出てこない。でもねえ、俺みたいなおっさんが一番見たいのは、こういう中規模映画なんだよ。どうにかならないもんかね。
愛と青春の旅だち [DVD]  E.T.コレクターズ・エディション [DVD]  食人族 [DVD]  トップガン スペシャル・エディション [DVD]