裁判員制度に寄せて

 いよいよ来年から裁判員制度が始まるということで、裁判所には問い合わせが殺到しているらしい。その問い合わせの半数以上が、どうやったら辞退できるかというものだった。そんなニュースをテレビでぼんやり見ていて、そういえば昔(といっても5年くらい前だが)「司法占領」という小説が話題になってたな、という事をふと思い出した。
 当時は構造改革やらなんやらで、外資が続々と日本に進出してきた頃だ。アメリカの経済占領が始まったなどといわれていた。そして経済占領の次は司法占領だ、とばかりにこの小説が出てきた。アメリカには弁護士を1000人も抱える巨大法律事務所(ファームと言うらしい)が幾つもある。そのファームが日本進出を狙って司法制度を改革しようとたくらんでいる、という内容だと小耳にはさんで、読んでみよう読んでみようと思っているうちに今に至ってしまった。
 思い出したが吉日ということで、早速図書館で「司法占領」を借りて読んでみた。俺はこの小説はなんとなく現在進行形のアメリカの陰謀を暴く政治小説だと思っていたのだが、意外や意外、近未来の日本を舞台にした一種のアンチ・ユートピアSFだった。
 で、結論から言えば大変面白かった。作者の鈴木仁志は現役の弁護士で、小説はこの一作しか書いてないようだ。だから小説としての完成度は決して高いとは言えない。では何が面白かったかと言えば、一連の司法制度改革がアメリカの要求で行われたという裏目読みと、その結果社会はどう変わっていくかのシミュレーションの面白さである。
 物語は2020年代の東京から始まる。司法試験の合格者を大量増員させた結果、巷には仕事のない弁護士があふれ、火のないところに紛争を起こすような事件屋まがいの行動を起こす者が増えていた。大手の弁護士事務所はことごとく外資に吸収され、日本の法律業務は外資の独占状態になってしまう。その結果、企業間の契約はすべて英語で交わされるようになり、なんと準拠法がニューヨーク州法になってしまう。運良く外資に入所できた者も、アメリカ人弁護士の通訳としてこき使われるだけの存在でしかない。
 日本はアメリカ並みの訴訟社会になっており、陪審員制度が導入された法廷では、真実の解明よりも迅速に裁判をこなす事が求められていた。いきおい弁護士は、証拠の吟味ではなく、いかに法律知識のない陪審員をうまくだますかが問われるようになる。そんな状況の中、主人公の新人弁護士が自分なりの正義を貫こうと悪戦苦闘する姿が描かれる。
 すごいのはこれらのシミュレーションがどんどん現実味を帯びてきているという事だ。弁護士の就職難はすでに問題になっているし、一足早く弁護士を増員させた韓国では仕事にあぶれた弁護士の反社会的行為が増加している。国際金融の世界では、契約は(たとえ日本と中国の契約でも)英米法に準拠した英語の契約書を交わす慣習になっている。
 ただ、これを読んでる間中かすかな違和感を感じていたのも事実だ。なぜ違和感を感じたかというと、それは大店法の改正とその結果が念頭にあったからだ。