獅子心王、尊厳王、失地王

 今朝はなかなか印象的な夢で目が覚めた。俺は学校の教室みたいな場所にいた。その教室には机も椅子もなく、代わりに四十個ほど洋式便器が生えていた。その中の二個が壊れていて、ウンコが流れない。俺は必死でバケツの水をかけたりして溜まったウンコを流そうとしている。という所で目が覚めた。夢判断が得意な人はぜひこの夢の意味を教えて欲しい。
 さて本題。先週、図書館からリドリー・スコット監督「ロビン・フッド」のDVDを借りて見てみた。「ロビン・フッド」といえば五年ぐらい前にケビン・コスナー主演のやつを見たけど、あんまり印象に残ってないなあ。モーガン・フリーマン扮するムーア人を出して新味を出そうとしていた事だけは覚えている。全く生かせずに終わってしまったけど。古くはエロール・フリンが戦前に主演した「ロビン・フッドの冒険」という名作があって、やっぱりこっちのほうが印象深い。テクニカラーの華やかな色彩で描かれた、おおらかな雰囲気の作品だった。戦前の映画だけあって、変にリアリズムに色気を出さず作り物の楽しさを徹底的に押し出したような感じだ。今でもこの作品がロビン・フッドもののスタンダードだと思う。
 それでリドリー・スコット版はどうかというと、なんか色々と無節操に流行を取り入れまくっていて、過去のロビン・フッドから遠く離れた感じになっている。まず、この作品はロビン・フッドという義賊が誕生するまでの物語である。これは「バットマン・ビギンズ」や「カジノ・ロワイヤル」の成功を意識したものと思われる。したがって従来は冒頭の三十分で語られる、ロクスリー卿の息子ロビンがノッティンガムの悪代官と対立してシャーウッドの森に逃げ込み云々というロビンの前歴が大幅に改変されて、かなり段取りがややこしくなっている。
 しかしどう頑張っても元ネタは単純な民話である。ロビンの前歴だけで二時間半を持たせるにはもう一つ工夫が要る。そこでリドリー・スコットが取った作戦は、同時代の歴史的トピックを大量に挟み込むという手法だ。伝説上の人物を歴史の中に組み込むという方法論は「キング・アーサー」がお手本だろう。
 「キング・アーサー」はアーサー王のモデルの一人であるアルトリウスについての最新の学説を元にストーリーを組み立てている。すなわちアーサーはブリテンに駐在していたローマの軍人であったという解釈で、サクソン人を一時的に撃退した勇者であるものの、ブリテンアイルランドアイスランドノルウェーガリア(フランス)にまたがる大帝国を建設した偉大な王ではない。王妃グウィネヴィアや魔法使いマーリン、騎士の中の騎士ランスロットといった周辺人物もその線に従って改変されている。
 簡単に言えばローマ帝国ブリテンを放棄した409年を基準点に、その前後の歴史的トピックをギュッと圧縮してアーサーという元ローマ兵の一代記に当てはめた感じである。当時のブリテンは親方ローマの衰退により防衛力が低下していた。そのため北のスコットランドや西のアイルランドからの勢力が侵入してきて現地のブリトン人と衝突した。さらにはアングル人やサクソン人といったゲルマン民族が海を渡って続々と入ってきた。そんな中、ローマの撤退後も現地に残ってブリトン人を守るために戦ったローマ兵がいた。それがアーサーというわけだ。
 前半はアーサーのローマ兵としての最後の仕事が描かれる。この部分はスパイ映画でよくある要人救出ものになっている。恐らくハドリアヌスの壁をベルリンの壁に見立てた発想だろう。時代劇でこういう感じの話は滅多にないから新鮮で面白かった。前半の山場である氷上の戦いもアイディアが秀逸だった。そしてローマ撤退後の後半は白人酋長ものにシフトする。白人酋長ものとは文明世界の一般人が蛮族の王となる物語のことで、「王になろうとした男」や「闇の奥」などイギリス文学お得意のパターンだ。この後半部分がありきたりで物足りない。それに主人公が時代背景にお構いなくやたらと自由の尊さを訴えているのも気になった。いかにもアメリカ映画らしいけど、当時のキリスト教徒がそんな思想を身に付けられるわけないだろ。深読みすれば、そこに製作者の政治的主張を読み取ることができる。つまりアーサーはイラクに駐留するアメリカ兵のメタファーなのだ。そして自由と民主主義を布教するため、米軍はイラクに留まり続けるべきだと暗に主張しているわけだ。
 余談だが、東洋史学者である岡田英弘の著書「日本史の誕生」によると、後漢末期の倭国はこの頃のブリテンの状況そっくりなのだそうだ。どういう事かというと、184年の黄巾の乱から始まる動乱によって後漢は衰退し、倭国との交易が途絶えてしまう。親方中国を失った倭国はたちまち「相攻伐すること歴年」という状態になった。いわゆる倭国大乱である。要するに、それまで中国のお墨付きをもらっていた倭王が後ろ盾を失った途端、まわりの豪族が一斉に牙をむいたという感じだろう。いづこも同じ秋の夕暮れというわけだ。ブリテンと違って中国の軍人が駐留していた形跡はないので、現地に居残って倭王のために戦った中国兵なんてのはいないと思う。この倭国大乱を経て倭人諸国連合の長に収まったのがお馴染みの卑弥呼である。西のアーサー、東の卑弥呼といった所か。卑弥呼アーサー王と違って実在の人物である事はハッキリしているけどね。
 そういえば「キング・アーサー」で全身にペイントを施した現地人が登場する所なんか、黥面文身の倭人を髣髴とさせて面白かった。しかしペイントを施すのはスコットランドから進入してきたピクト人の風習である。映画の役どころからすれば彼らはブリトン人でないとおかしいんだけど、アーサーを「蛮族の王」にするためにあえてピクト人にしたのだろう。ブリトン人はすでにローマ化してるから。そのため映画では彼らの設定を故意に曖昧にして、ブリトンでもピクトでもなく「ウォード」なる名称を付けられていた。ちなみに「キング・アーサー」の時代から800年後が舞台の「ブレイブハート」でもスコットランド人はペイントしていた。恐るべしピクト人のDNA。そして信じがたい事に今でも・・・
http://www.afpbb.com/article/politics/2877856/8943992
 「ロビン・フッド」の記事のはずだったんだけど、「キング・アーサー」の話ばっかりになってしまったな。続きはまた次回という事で。
ロビン・フッド ディレクターズ・カット版 (2枚組) [DVD]  ロビンフッドの冒険 [DVD] FRT-063  キング・アーサー ディレクターズ・カット版 [DVD]  日本史の誕生―千三百年前の外圧が日本を作った (ちくま文庫)