陰影の新基準

 やはり1971年という年が重要である。この年は、前回の記事にも書いたけど、70年代アメリカ映画のルックを決定した撮影監督ヴィルモス・ジグモンドが2本の西部劇を撮って関係者の度肝を抜いた年だ。一般的な映画ファンにとっては「フレンチ・コネクション」と「ダーティハリー」という2本の刑事アクションが登場した年という印象が強いと思う。実を言うとこの2本の刑事アクションは現代劇における映像面での新機軸を打ち出した作品でもあるのだ。
 「ダーティハリー」の撮影監督はプリンス・オブ・ダークネスの異名を持つブルース・サーティース。あだ名の通り影の黒さが印象に残る。「フレンチ・コネクション」の映像はとにかく衝撃的だった。映画的な滑らかさを持つ「ダーティハリー」とはまた違う、徹底したドキュメンタリー・タッチの荒々しい映像。薄暗い場所は薄暗いんだというリアリズム。そこにある物をそのまま撮ったような感じ。これは同時代の映画に多大な影響を与えた。
http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20080301/1225817475
 同じ年にもう一本、「コールガール」という映画がある。こちらは私立探偵を主人公にした、地味だけど見逃せない映画である。撮影監督は翌年に「ゴッドファーザー」を撮るゴードン・ウイリス。「ゴッドファーザー」も画面が暗かったけど、「コールガール」はもっと暗い。彼の映像スタイルがこの時点ですでに確立している事がわかる。こちらは「フレンチコネクション」とは対照的に、カッチリした人工的な画面だ。ただし映画としては展開に起伏がないので少々退屈である。
http://blog.goo.ne.jp/geeen70/e/bd8701f0304bb2a4093a103cfbf25e08
 「コールガール」はクライマックスに突然こんな画面が出てきてハッとさせられる。ウイリスという人はときどきこんな超現実的なイメージを放り込んでくる。

 この感じはその後ちょくちょくパクられている。例えば「カンパニー・マン」のこれとか。

 考えてみると「ゴッドファーザー」オープニングの暗い室内も超現実的である。だって結婚式の招待客をもてなしてるんだから、部屋が明るくないとおかしいでしょ。あれは「華やかな結婚式の裏では不気味な相談が進行している」という観念の映像化である。決してリアリズムではない。「コールガール」の暗さも、だから現代人の心の闇というテーマを画面で表現しているわけだ。
 これらの作品群はみんな犯罪映画だけど、それぞれ映像スタイルが異なる。リアリズムの権化のような「フレンチ・コネクション」と観念的イメージの「コールガール」を両極端として、映画的画面に影の黒さをプラスした「ダーティハリー」がその中間に入る感じだ。スタイルが違うにもかかわらず、この三本にはある共通点がある。一言でまとめると、「暗闇の復権」だ。どの作品も従来の基準から言えば著しく暗い画面が頻出する。まるで昔のフィルム・ノワール照明の再現である。フィルム・ノワール照明とは例えばこういうやつだ。

 これをカラーにすればそのままこの時期の犯罪映画のワン・シーンになる。ちなみに上はジョン・オルトンという撮影監督が撮った「ビッグ・コンボ」のひとコマだ。このジョン・オルトンなる人物も映画史における伝説的な存在である。
http://slashdot.jp/~Pravda/journal/474794
 フィルム・ノワールは光と影の美学とか言われるけど、実は低予算であまり照明が使えないゆえの苦肉の策なのだ。40年代から50年代まで、アメリカではこういう低予算の犯罪映画がいっぱい作られた。フランスの評論家がそれをフィルム・ノワールと名付けた。60年代に入るとカラー時代になるし、テレビの普及で観客動員も落ち込んできたので、こういう添え物映画は作られなくなる。そんな映像を決して低予算とは言えないカラー作品で堂々と再現してしまったのが1971年の作品群なのだ。三者三様のアプローチからこういう結果になったのが興味深い。それらを撮った撮影監督はみんなデビュー間もない新人だった。きっとみんな若い頃はフィルム・ノワールを夢中になって見てたんだろうな。
 翌72年が「ゴッドファーザー」の年だ。ダメ押しともいうべき究極の暗闇映画である。いまやベスト・テン級の名作として名高く、犯罪映画の風と共に去りぬと言われている。何よりその陰影の美しさが素晴らしい。ユーチューブをいろいろ見てみたけど、これが一番面白かったので紹介しとく。ありゃ、リクエストにより埋め込み無効になってる。
http://www.youtube.com/watch?v=T43NmjKoUfQ
 フレドー何やってんだよ。アメリカ映画が電気をつけなくなったのは「ゴッドファーザー」のせいである。これが社会現象になるほど大ヒットしたので、しだいに犯罪映画以外でもこういう照明が使われるようになる。つまり映画の暗さの基準を塗り替えてしまったのだ。お客を部屋に入れたら電気をつけるというリアリズムはこのとき消滅した。
 映像美という点では「PART II」の方が完成度が高い。こっちはまともな予告編だよ。

 いよいよその陰影術が完成の域に達して、ワンカットワンカットが絵画的で隙がない。この人の凄さは一度リアリズムを断ち切ったところから映像を構築していく所にある。現在のアメリカ映画を見ると、「フレンチ・コネクション」式リアリズムよりもウイリスみたいに現実を絵画的に再構成したようなアプローチが主流になっているようだ。
 ウイリスは「ゴッドファーザーPART II」と同年に「パララックス・ビュー」という政治サスペンスも撮っている。これがまたSF的なまでに誇張された超現実的イメージの連続で驚かされる。やっぱりこの人は観念の人なんだなあ。監督が「コールガール」と同じアラン・J・パクラなので、誇張癖はパクラ監督の個性かもしれないけど。
http://screen-pages.blogspot.com/2010/11/parallax-view-1974.html
http://www.imdb.com/video/screenplay/vi3629383705/
コールガール [DVD]  ビッグ・コンボ [DVD]  ゴッドファーザー コッポラ・リストレーション DVD BOX  パララックス・ビュー [DVD]