獅子心王、尊厳王、失地王(3)

 前回はノルマン・コンクエストの話で終わってしまったので、その続きから。今度こそ本当に「ロビン・フッド」の話に入るぞ。本当だぞ。
 ノルマン・コンクエストから30年後の1096年、第一回十字軍の遠征が始まる。いよいよ十字軍時代の幕開けである。この年からおよそ200年にわたって十字軍運動はダラダラと続いてくわけだけど、一番のハイライトはやっぱり第三回十字軍の獅子心王リチャード一世とシリアの稲妻サラディンの死闘だろう。リチャード獅子心王は「ロビン・フッド」の冒頭に登場する王様だ。彼はウイリアム征服王から数えて六代目のイングランド王である。リチャードもまたノルマン系の例に漏れず、自分をフランス人だと思っているフランス語しか喋れないイングランド王だった。勇猛果敢な武将としてイギリスでも特に人気のある王様だけど、俺には映画「冬のライオン」に出てきたマザコンの印象が強い。
 「冬のライオン」の舞台は1183年クリスマスのシノン城。時のイングランド王ヘンリー二世と王妃エレノア、そして三人の息子達による骨肉の争いを描いている。長兄のリチャード(後の獅子心王)を溺愛する王妃と末っ子のジョンを後継者と考えるヘンリー二世、さらに真ん中の子ジェフリーや若きフランス王フィリップ二世の思惑が絡んできてドロドロの後継者争いが展開する。毎年クリスマスに家族が集まるという設定はフィクションだけど、そこで語られる家族の歴史は史実に忠実である。シノン城はフランスのロワール渓谷に位置する城。だからフランス王が気軽に立ち寄る事が出来る。そして何度も言うようだが、イングランド王は代々フランス王の家臣だ。つまりこれは完全にフランス宮廷の話なのだ。
 イングランド王にピーター・オトゥール、王妃にキャサリン・ヘップバーン、そして長兄リチャードに若手時代のアンソニー・ホプキンスという重量級のキャスト。おまけにフランス王は四代目ジェームズ・ボンドティモシー・ダルトンが水もしたたる美青年振りを見せつけてくる。この家族の駆け引きがとにかく虚々実々過ぎて一瞬たりとも気が抜けない。見終わったらぐったりする事請け合いである。映画的というより演劇的に充実した作品といえる。
 特に元フランス王妃にして現イングランド王妃エレノア(仏名アリエノール・ダキテーヌ)のキャラが強烈だった。フランス王妃時代は自ら軍を率いて第二回十字軍に参加したほどの女丈夫。フランス王との離婚後、十歳年下のヘンリー二世と再婚するも激しい気性は収まらない。たびたび夫への反乱を企て、とうとう監禁状態に。奇しくも同時代の巴御前北条政子を髣髴とさせる女傑ぶりだ。そう考えると、エレノアの息子たちと政子の息子たちは何となく似ている。アホのジョンが頼家、マザコンのリチャードが実朝、日陰のジェフリーが公暁(兄弟じゃないけど)といったところか。フランス王フィリップは後鳥羽上皇の立ち位置かな。ちなみにエレノアから見るとフィリップは前夫の後妻の子という事になる。ややこしいね。ともあれ、「冬のライオン」で描かれた骨肉の争いは後の「ロビン・フッド」まで尾を引くことになる。
 「ロビン・フッド」はリドリー・スコットの前作「キングダム・オブ・ヘブン」の続編的な意味合いを持っている。まずこの二本は時系列的に連続している。そして根無し草の男が見知らぬ土地で地位を築き、やがて外敵から「第二の故郷」を守るために戦う、というストーリーが共通している。あと大人になってから自分の生い立ちを知り、亡き父の意志を継ぐという所も同じだ。恐らくハリウッドのイギリス人である監督自身の姿を投影させているのだろう。
 第一回十字軍は首尾よく聖地奪還に成功して十字軍国家イスラエル王国を作り、それを百年間維持してきた。しかし「キングダム・オブ・ヘブン」で描かれたハッティンの戦いで十字軍は全滅する。ハッティンの戦いが起きたのは1187年だから「冬のライオン」から四年後の事だ。主人公のバリアン・オブ・イベリンは実在の人物で、イスラエル王国生え抜きの武将である。しかし映画では無理やり根無し草のフランス人に改変しているので、かなり不自然なキャラになっていた。おおむね史実にのっとった状況の中に異質な主人公を放り込んだらどうなるか、というシミュレーションのような脚本である。だがそんな欠点を帳消しにするくらい、エドワード・ノートン扮する仮面のイスラエル王ボードワン四世がかっこ良い。リドリー・スコットの時代劇で一般的に最も評価が高いのは「グラディエーター」だろうけど、ボードワン四世萌えの俺としては主人公に無理があってもこの映画のほうに軍配を上げたい。
 エルサレム陥落の報告を受けたローマ教皇は再び聖地をキリスト教徒の手に奪還すべく、第三回十字軍の遠征を呼びかけた。リチャード獅子心王戴冠式を済ませるなり、さっそくこれに参加してイングランドを後にする。マザコンだけに前回の遠征に失敗した母エレノアの雪辱を晴らそうと思ったのかもしれない。「キングダム・オブ・ヘブン」のラストはエルサレムに向かうリチャードの姿で終わっていた。そして遠征を終えてイングランドへ帰還する所から「ロビン・フッド」は始まる。この間に有名な、中世イスラム最大の英雄サラディンとの戦いがある。
 これらの映画の隙間を補完するには、最近めでたく完結した塩野七海の「十字軍物語」が便利だ。女傑エレノアと息子たちの人生のあらましを知ることが出来る。ついでに200年におよぶ十字軍運動の全体像も。我々には縁遠い中世という時代を張り扇口調で分かりやすく描いていて、「平成の司馬遼太郎」の異名を持つ塩野七海の面目躍如といったところだ。この作品でも仮面のボードワン四世はかっこ良い。まあ、「十字軍物語」については俺なんかがぐだぐだ書くよりも、野口悠紀雄 の書評でも貼ったほうがよっぽど読者のためになるだろう。
http://poetsohya.blog81.fc2.com/?mode=m&no=1657
 あと十字軍に関しては子供の頃にテレビで見た「ジンギスカン」という映画が印象に残っている。十字軍の騎士とイスラム兵が追いかけっこをしているうちに中央アジアに入り込み、ジンギスカンの軍勢と出くわすという話で、十字軍関連の映画でもかなり毛色の変わった作品だ。もう一回見たいんだけどソフト化されてないんだよなあ。
 この映画のヒントになったのは第五回十字軍のときのプレスター・ジョン騒動だろう。この頃、遙かアジアの彼方から謎のキリスト教国プレスター・ジョンが大軍を率いて十字軍を救出するという情報が流れた。実はその大軍というのは、後にヨーロッパ全土を震撼させるモンゴル帝国の来襲だったのだ。あいつらは乾燥地帯の悪魔の中でも最悪の部類だからなあ。十字軍とイスラムで仲良くケンカしている所に、シャレにならん連中が乱入してきたという感じか。モンゴル帝国を撃退できたのはサムライとベトコンとベドウィンぐらいである。
http://rekishihodan.seesaa.net/article/160950994.html
 上のサイトにも書いてあるけど、マルムーク朝のバイバルスが止めてくれたおかげでエルサレムはギリギリ助かったんだよな。やるじゃんシリア。「十字軍物語」によると、このバイバルスという人は奴隷からスルタンにまで上りつめた苦労人なのだ。モンゴル帝国の進出をくい止めたマルムーク朝は、続いて領内に残存する十字軍勢力を各個撃破していく。最後のほうはヨーロッパの十字軍熱もすっかり冷めてしまって、誰も遠征軍をよこさなかった。こうして十字軍運動は幕を閉じる。途中から三つ巴の戦いになったけど、最終的に聖地争奪戦を制したのはイスラムだった。
 そういえば、日本が蒙古軍を撃退できたのは神風のおかげと言われているけど、最近の研究ではどうも神風が吹かなくても勝っていたらしい。ヨーロッパのほうがよっぽど運に助けられてるじゃないか。つーか、こんな事ダラダラ書いてたら話が進まないよ! いや、俺はもう諦めた。次回に続くけど、どうせまた「ロビン・フッド」の話は出来ないんだろうな・・・・
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