韓国映画ブームとは何だったのか(2)

ペパーミント・キャンディー [DVD]

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 この作品は「虎の門」で美保純が絶賛してたのでずっと気になっていた。光州事件からアジア通貨危機に至る韓国現代史を、現在からだんだん過去にさかのぼっていく形で描いている。今気付いたが、この歴史は天安門事件からサブプライム危機に至る中国の20年に正確に対応するものである。日本に当てはめると、安田講堂陥落からバブル崩壊に至る流れである。ユートピア幻想の崩壊から金儲けに走り、それすらも破綻してしまうというワンセット20年の流れが、日韓中で10年おきに繰り返されているというわけだ。
 小説家出身のイ・チャンドン監督による見事な構成美。時間軸を逆行させるというアイディアは「メメント」に先行するものであり、主演のソル・ギョングがどんどん若返っていくさまは圧巻である。若返るにつれてイヤな奴がどんどんイイ奴になっていく。この頃のソル・ギョングは瞬間最大風速でデ・ニーロを超えている。
JSA [DVD]

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 言わずと知れた大ヒット作品である。序盤は政治ミステリーの教科書のような滑り出しだが、中盤の回想シーンに入ると、サスペンスが一時中断して、アジア的な男の友情ドラマがこってりと描き出される。はじめて見た時は違う映画が始まったみたいで少し戸惑った。しかもこの部分が映画的に一番充実しているのだ。終盤に入ってようやく謎解きが始まるが、序盤で提示された「消えた銃弾」という魅力的な謎が、あまりスマートに解かれていないのが残念。ただしこの真ん中が肥大した破格の構成がラストの感動につながるのも事実だ。
悪い男 [DVD]

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 このあたりから韓国映画は怖い、暴力的というイメージがつき始める。監督のキム・ギドクは韓国の北野武といわれているそうだが、むしろ花村萬月との共通点が多い気がする。この主人公には一見モラルがないように見えるがそんなことはない。特殊だが強固なモラルの持ち主である。この作品は特殊なモラルの持ち主が純愛するとどうなるかをシミュレーションした思考実験なのだ。だから通常のドラマツルギーから外れているのは当然である。物語の冒険がここにはある。
オアシス [DVD]

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 恋愛には障害があるほうが盛り上がるとはよく言ったもので、とうとうこんな映画ができてしまった。えっ、障害の意味が違うって? いやいや、作家というのは時にそういう発想の仕方をするものだよ。つまり障害にもめげずに愛を貫き通すという古典的な物語に、ではもしその障害が身体障害だったら、というワン・アイディアを代入したのがこの作品なのだ。そんな駄洒落のような発想がこんなに凄い物語を生み出した。創作の恐ろしさである。
 しかしこういうアイディアは日本人は、思いついても二の足を踏んでしまうだろうな。「悪い男」といいこの作品といい、脳にブレーキをかけない感じが韓国人だな、と思う。
殺人の追憶 [DVD]

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 重厚な画面とリアルな演出にみんなだまされているが、おそらくシナリオだけ読んだらこれはブラック・コメディである。頻出するドロップ・キックを君はどう思う? 陰毛のない男が犯人だという推理のバカバカしさ。その推理をもとに連日銭湯に通い、のぼせてフラフラになるソン・ガンホを見て俺は思った。ポン・ジュノ監督はきっと確信犯だ。そしてこの語りの実験は奇跡的な成功を収めるのだ。笑いと恐怖は紙一重という格言を改めて思い出す。
オールド・ボーイ プレミアム・エディション [DVD]

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 韓国映画の到達点というか、集大成のような作品。物語の語り方への執着、新しい物語を生み出そうという志向、そのためには脳にブレーキをかけずに突っ走る愚直さ。俺が感じた韓国映画の本質とはそれだ。そしてこの作品はそんな傾向の頂点である。
 評論家としても名高い監督のパク・チャヌクは、同時代のライバルたちの作品を相当研究していると思われる。原作が日本の漫画だというのは有名だが、問題はどのように改変したかだ。改変作業はまるで、どこまで事態をエスカレートさせられるかの思考実験のようだ。発想の根本はブラック・ユーモア、あるいはグロテスク・ユーモアであり、その発想をいささかの遠慮もなく追及している。