トビー・フーパー雑感

 休日の午後、クーラーの効いた部屋で淹れたてのコーヒーを飲みながらビデオ鑑賞。我ながら安あがりだと思うけど、それだけで十分いい人生だと思ってしまう。ホームレス大学生だった頃と比べれば、貴族のように優雅な生活だ。たまに自分がいまだに生きているということに感動する。そんな昼下がりにはトマスにもらった「悪魔のいけにえ2」が良く似合う。この映画を見てたら実にいろんなことを考えた。これから順番にそれを書いていく。
 これはニューヨーク近代美術館に永久保存されているホラーの金字塔「悪魔のいけにえ」の、監督自身が満を持して作った続編にもかかわらず、コメディ・タッチのゆるい作品になってしまったすばらしい映画である。おそらく当時話題になっていた「死霊のはらわた」に対抗して作ったのだろう。トビー・フーパーという人は不思議な監督だ。処女作の「悪魔のいけにえ」があまりにも凄いから巨匠扱いされているけど、冷静にそれ以外の作品を見ればとてもそこまでの監督ではない。おそらく愚直で不器用な人なのだと思う。「悪魔のいけにえ」は、その不器用さが天文学的な確率で全部プラスに転じてしまった一度限りの奇跡のような映画なのだ。
 好意的なトビー・フーパー論のいくつかを読んでみると、「悪魔のいけにえ」の幻影を他の作品にまで求めているような印象を受ける。しかしキャリアをつんで演出が滑らかになるにつれて、明らかに「悪魔のいけにえ」から遠ざかっている。一度「悪魔のいけにえ」基準で物を考えるのを止めてみたらどうか。この映画を無かったものとしてフィルモグラフィをたどりなおすのだ。そうすれば彼のキャリアは、一人の不器用な監督が職人として成熟していく過程だと分かる。いつまでも処女作の痕跡を探られるのは監督にとっても迷惑な話である。
 この「代表作をフィルモグラフィから外してみる」という作業は、その監督の本質を知る上でかなり有効な手段だと思う。たとえば同じく不器用な監督であるマイケル・チミノはどうか。「ダーティハリー2」(脚本)、「サンダーボルト」、二本飛ばして「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」、「シシリアン」、「逃亡者」と見ていくと、この監督の本質がどこにあるのかなんとなく分かるではないか。どう見てもヤクザ映画の人である。
 これはひょっとしたらの話だけど、アメリカ人にとってそういう作業が必要な監督が滝田洋二郎かも知れない。なぜ急にこの名前が出てくるのかというと、この間トマスが東京に出張してきて一緒に飲んだときに、チョロッとこの人の話題が出たのを思い出したからだ。ちょうど「おくりびと」がアカデミー賞を取った頃だ。そのときトマスが言った「この人は賞を取ってはいけない人なんだ」という言葉が印象に残った。
 言うまでもなく滝田洋二郎は日本一器用な、何でも撮れる監督である。そして脚本が傑作なら傑作を、脚本が駄作ならそのまま駄作を撮ってしまう監督でもある。ピンク映画時代は天才脚本家高木功(三十八歳で夭逝)と組んで傑作を連打していた。そんな滝田の一般映画第一作にして、高木功とのコンビ最終作が「コミック雑誌なんかいらない」である。これは大評判になり、アメリカでも公開されている。だからアメリカ人から見ると、「おくりびと」の前作は「コミック雑誌なんかいらない」という事になる。するとアメリカ人の頭に「トンがったアート系の監督が二十年経ってしっとりとした人間ドラマの作り手になった」なんていう物語が生まれた可能性がある。滝田の次回作が「釣りキチ三平」だとは夢にも思わずに。
 映画というのは監督が一人で作るわけじゃない。スタッフ・キャストその他もろもろの化学反応によって生まれるものだ。だから時々、意外な監督が意外な作品を撮ってしまう。それがたまたま代表作になったりすると、監督自身が世間から誤解される結果となる。関係ないけど、滝田洋二郎アメリカ輸出作品がそれぞれ内田裕也本木雅弘親子の主演作になってしまったというのも面白い話だ。何だか運命的なものを感じる。
 と、ここまでが枕のつもりだったけど、予想外に長くなってしまった。ヤバいなあ。続きは次回ということで、いったんお開きです。
 トビー・フーパーのフィルモグラフィ&小伝はこちら。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/1829/tobe.htm