これが本当の南部ゴシック

 映画評論家の町山智浩によると、「悪魔のいけにえ」は南部ゴシックの系譜に連なる作品だという。南部ゴシックとは町山の表現を借りれば、「アメリカ南部のど田舎に退化した人間たちがいて、ふらふら迷い込んできたよそ者を捕まえてはなぶり殺しにする」映画だそうだ。まるで都市伝説である。しかし実際にそういう映画はいっぱい作られていて、有名どころでは「イージーライダー」や「脱出」なんかがそんな感じだ。
 南部ゴシックとはもともと文学用語で、ウイリアム・フォ−クナーやアースキン・コールドウェルのような、アメリカ南部における性と暴力を主題とした作品群を指す。「ノーカントリー」の原作小説もこのジャンルに含まれる(wikipedia:南部ゴシック)。「悪魔のいけにえ」もストーリー・ラインはフォークナーの「サクチュアリ」から拝借している。この小説は、テンプルという女子大生がドライブ中の事故をきっかけに、密造酒製造業者につかまって監禁・暴行を受けるという話だ。その過激な内容(首領格のポパイは性的不能者なのでとうもろこしの軸で暴行する)が当時話題になって、フォークナーは長らくバイオレンス作家のレッテルを貼られた。
 「サンクチュアリ」は多方面に影響を与えた作品で、その筆頭は何と言ってもイギリスのハード・ボイルド作家ハドリー・チェイスの「ミス・ブランディッシの蘭」だろう。この小説では富豪の令嬢がパーティ帰りの車中で、ギャング団につかまって監禁・暴行を受ける。ちゃんと性的不能者の殺し屋も登場する。刊行と同時にベスト・セラーとなったが、「サンクチュアリ」に輪をかけて過激な描写が物議をかもして発禁処分を受けてしまう。現在読むことができるのは過激な部分をカットした改訂版だけである。
 ここで注目したいのは「ミス・ブランディッシの蘭」に出てくるギャング団が家族であり、首領が母親であるという点だ。町山智浩によると、これは実在のギャング、バーカー一家をモデルにしているという。調べてみたら「ミス・ブランディッシの蘭」が出版されたのは、バーカー一家が壊滅した四年後である。当時のペースから見れば、ほとんど時事ネタだったようだ。このパクリと時事ネタのキワモノ小説が実はハードボイルド史上に残る傑作なのだ。よくできてるんだこれが。何とかして完全版が読めないものか。ともあれ「サンクチュアリ」にはない犯罪家族という要素がこの作品には登場し、その要素は「悪魔のいけにえ」にも受け継がれている。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text/barkers.html
 それから四半世紀たって、バーカー一家の実録映画がロジャー・コーマンによって製作される(「血まみれギャング・ママ」)。その翌年には「ミス・ブランディッシの蘭」がロバート・アルドリッチによって映画化(「傷だらけの挽歌」)。「悪魔のいけにえ」の公開はその三年後だ。創作の世界ではたまに関連性のある作品が同時多発的に登場する。無意識の部分で何かシンクロするものがあるのだろうか。「サンクチュアリ」を軸に密接なつながりを持つこの三作品を「南部の犯罪家族三部作」と名づけたい。
 先ほど南部ゴシックを都市伝説のようだと書いたが、よそ者を捕まえては殺すというのは「犬鳴村」を連想させる。これは「犬鳴峠の犬鳴トンネル近くに、法治が及ばない恐ろしい集落があり、そこに立ち入ったものは生きては戻れない」という都市伝説だ(wikipedia:犬鳴村伝説)。アメリカではこういうのはせいぜい家族ぐるみだけど、日本では村ぐるみなのだ。「犬鳴村」みたいな映画はそれこそいっぱいあるが(最近だと「エクスクロス魔境伝説」)、これぞ正統的な日本の南部ゴシックと呼べる映画は俺の知る限り二本しかない。「大怪獣バラン」と「九十九本目の生娘」だ。
 「大怪獣バラン」の舞台は北上川上流の山村である。ここの村人は別によそ者を殺したりはしないけど、外部から隔絶した環境で婆羅陀魏(バラダギ)という神をあがめている。貧しく排他的で迷信深く、あまり文明化されてない人々。秘境冒険物の原住民のノリである。より町山の定義に近いのは「九十九本目の生娘」だ。こちらの舞台もやはり北上川の上流。この村人はさらに猟奇性がプラスされていて、十年に一度の祭りの日、処女の生き血で鍛えた刀を神社に奉納する。そのために麓から娘をさらってくるのだ。
 この二本は昭和三十年代の半ばに立て続けに作られている。両方とも北上川上流の同じような雰囲気の山村が舞台である。ここでも不思議なシンクロ現象が起きているのだ。当時の岩手県は山間が多く交通の便が悪かったことから、日本のチベットと呼ばれていた。国内に秘境を設定するのにうってつけだった訳だ。そういえばチベットは不老不死の理想郷シャングリラがある所だったな。同じ隠れ里でも日本とはえらい違いだ。
 ところで、なぜ俺が日本の南部ゴシック映画はこの二本しかないと断定したかというと、作品の舞台をハッキリ北上川流域に設定しているからだ。北上川流域は盛岡藩の所領だった。盛岡藩は別名を南部藩という。これが本当の南部ゴシック。
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