かめえろボンド化計画

 前回の記事を書くために、「ドクター・ノオ」の映画版を見てから原作を読み返してみた。念のために「ロシアより愛をこめて」の映画と原作もチェックした。そうしたら止まらなくなってしまった。本棚から007シリーズの文庫を引っ張り出して、処女作の「カジノ・ロワイヤル」から順番に読み始めた。
 007には魔力がある。男の子はジェームズ・ボンドと聞くと、冷静ではいられなくなる。彼は男の三大娯楽(飲む打つ買う)のすべてに強く、格闘の名手でありながらサヴィル・ロウの高級スーツに身を包むジェントル・マンであり、親方ユニオン・ジャックの公務員である。男の夢である。もっとも、原作では釣り合いを取るためか毎回ひどい目に会うし、そのせいでシリーズを重ねる毎にノイローゼになっていくのだけど。
 頭の中が007で一杯になった俺はジェームズ・ボンドになる事にした。来年の目標はこれに決めた。そのためにはどうすれば良いかをいろいろ考えた。格闘技は大変だし高級スーツは金がかかる。無難なところで三大娯楽に強くなるところから始めてみるか。まず第一段階として、女に強くなってみようと思う。そこで図書館に行っていわゆる「モテテク本」というやつを何冊か借りてみた(小説はあまり参考にならないので)。
 最初に読んだのは現役女子大生キャバ嬢が教えるという触れ込みの「ちょいモテ男になる技術」だ。著者はイラストレーターでもあるらしく、挿絵も自分で書いている。写真を見るとなかなかの美人だ。プロフィールによると、1983年生まれで日本女子大学文学部史学科4年(2005年当時)とある。なんだ、ポン女なら学生時代から知り合いがいるし、著者と同期ぐらいの子も知ってるぜ。とたんに親近感がわいてきた。
 しかし読んでみたら、これは完全にキャバクラ攻略法の本だった。俺は別にキャバクラ通いをするつもりは無いのでちょっと困った。まえがきにはすべての女性に対して応用可能と書いてあるが、これは営業用の文句だろう。一応全部読んだが、キャバクラ独特の作法を説いた情報が多くて、やはり一般向けとは言いがたい。しかし著者の言いたい事はなんとなく分かった。モテる秘訣は「財力」よりも「言葉の力」らしい。
 次に読んだのがアメリカ人男性二人組の「もっとモテる技術」という奴だ。この二人はデーティング(恋愛技術)の教祖的存在という話だけど、プロフィールが曖昧でなんだか怪しい。「軽い拒絶」を繰り返す事で逆に女性を惹きつけるというテクニックを説いている。ただ、あまりにもアメリカ人らしいシステマチックな書き方なので、読んでて不安になってくる。著者は女性をまるで数学の方程式かなんかのように考えてるようだ。
 最後に読んだのが大学講師の鈴木由加里が書いた「モテの構造」という新書だ。これは「モテテク本」ではなく、社会学者が「モテ」と「見た目」の関係を考察した読み物である。正直言って先に紹介した指南書形式の二冊はちょっと真面目に読めなかったが、この本はなかなか読ませる。と言っても学問的に厳密なものではなく、思うところを述べたエッセイに近い。実際、7割方はどうでもいい内容だ。しかし最終章の50ページが圧巻なのだ。
 まず、男性はもともと「薄い女性嫌悪」を身のうちに秘めている、という言葉が出てきてハッとした。これは鋭い指摘である。そして薄い女性嫌悪はむしろ女性を惹きつける要素だと言う。女性嫌悪を持つ男性がわざわざ自分を選んでくれたと思うから。なんとなく「もっとモテる技術」の「軽い拒絶」に通じるものがあって興味深い。
 続いて著者が大学で実際に行なった「モテないコスプレ演習」という物が紹介されている。これは学生に、自分が抱いている「モテない」イメージの概念をヴィジュアル化して、それを演じてもらうというものだ。それによって若者が何を「モテない」と見ているのかが浮き彫りにされる。プレ・ディスカッションの段階では「見た目」がモテるモテないを決めるのだ、という意見が学生の間で大多数を占めている。しかし演習を通してディスカッションを重ねるうちに、どうやらいわゆる「見た目」の問題ではないらしいという事が明らかになっていく。面白い。はっきり言って50ページでは全然たりない。そしてこの著者もやはり結論をコミュニケーション能力にもって来る。まあ、あたりまえと言えばあたりまえの話だ。しかし俺にとっては厄介な結論だ。自慢じゃないが俺のコミュニケーション能力はかなり低い。子供の頃から、何か言うたびに怪訝な顔をされたり怒られたりしてきた。
 ネットでも「モテテク」で検索していろいろ見てみたが、総じて女の書く「モテテク」はコミュニケーション能力を高めることを要求しているものが多いようだ。女の言うコミュニケーション能力とは相手の気持ちを読み取る能力であり、相手の望むものを提供する能力の事だ。それに対して男の書くそれは、カッチリとマニュアルを決めて、そこから外れる女性は無視してよい、というスタイルが多い。男にとって、女の気持ちを読み取るのがいかに難しいかを如実に示している。たとえ読み取れたとしても、女の望み通りに返す事がなかなか出来ない。たとえば、女の愚痴を聞いても解決法を提示してはいけないとはよく言うけど、やっぱりそういう時なにか言いたくなるのが男なんだよな。いや、頑張るけどさ。
 現役女子大生キャバ嬢が教えるちょいモテ男になる技術  もっとモテる技術  「モテ」の構造―若者は何をモテないと見ているのか (平凡社新書)