笑いと恐怖は紙一重

 新年一発目に借りた映画が原田眞人監督の「伝染歌」だ。これは実に奇妙な映画だったなあ。一応ホラー映画ということになっているけど、コメディの要素が大量に挟み込まれているので、分類不能な作品になっている。もちろんホラーにユーモアを挟み込むのは戦略的にアリだと思うけど、この映画の場合ユーモアの度が過ぎている。例えば主人公の悲惨な生い立ちを回想するシーン。売れない作家である父親が借金取りに押しかけられて、書きかけの原稿を見せる。「これなら売れる事間違いなしです」借金取りは原稿を読んで一言。「こりゃスティーヴン・キング先生のパクリじゃないか!」原稿で父親の頭を叩く。完全にコントの呼吸だ。
 そもそもこれはAKB48主演のアイドル映画のはずである。ところが完成した作品はAKB扮する女子高生達よりも周囲の大人たちのドタバタを描く事に力を入れている。そのため主役であるはずの女子高生達の印象がまるで薄い。とても「バウンスkoGALS」の監督が撮ったとは思えない仕上がりだ。女子高生達の世界がリアリズムで描かれるのに対して、大人たちは一部を除いて徹底的に戯画化されている。その場合、女子高生サイドをメインに描写して、大人達との絡みを時々挿入するという形が効果的である。ところがこの作品では女子高生の描写より大人たちの描写の方が多いのだ。「クライマーズ・ハイ」でも思ったけど、この監督は最近バランス感覚を失っている気がする。
 大人サイドでは「呪いの歌」の都市伝説を追う雑誌編集部の活躍を中心に描かれる。この編集部の面々がみんなエキセントリックなキャラクターである。松田龍平は一見いまどきの若者に見えて実は老舗旅館の跡取息子。松田とコンビを組む伊勢谷友介は元外人部隊。頭部を負傷した後遺症で言動がおかしい。編集長の堀部圭亮は金持ちの道楽で雑誌を作る公私混同を絵に描いたような男。この俳優陣にこんな変人キャラを与えたら、どう逆立ちしてもAKBがかすむに決まっている。彼らが作る「月刊MASAKA」のコンセプトからして「オカルトから北朝鮮問題まで扱う」という、「GON!」か「裏モノJAPAN」を思わせる風変わりなものだ。明らかに凝りすぎである。
 原作はどうなっているのかとアマゾンの書評を調べてみた。原作はストーリーから登場人物から映画と全く違っているようだ。しかも前半は真面目に進んでいたものが、後半になってお笑いに走っているという。要するに、風呂敷を広げたは良いが上手く畳めなかったのだろう。典型的なアドリブ話法である。だから映画は「呪いの歌」の設定だけ引き継いでストーリーを一から作り直している。そしてストーリー的には、多少強引だけどそれなりにまとまってるのだ。問題は雑誌編集部のエピソードがとめどなく膨らんでしまってストーリーを侵蝕していることだ。
 何故こうなったかを想像してみよう。原田眞人は演技経験のないAKB48の弱さを補うために、彼女達をサポートする雑誌編集者を出すことにした。ここにスターを配置すれば華のある映画になる。そこで編集部の設定をあれこれ考えているうちに止まらなくなってしまった。編集部がらみのアイディアならいくらでも出てくるぞ、という状態になった。そういう事だと思う。俺はマイケル・チミノ監督の「天国の門」を思い出した。この映画も本筋以外の部分がとめどなく膨らんだ作品だった。またその部分の演出に限って水際立っているから始末が悪い。
 原田監督はデフォルメをたっぷり効かせた社会風刺が大好きな人である。そして本質的に男騒ぎの人である。「バウンスkoGALS」は例外的な作品なのだ。たしかに最初のうちはホラー版「バウンスkoGALS」みたいな雰囲気なのだが、編集部が出てくると完全に描写の力点がこちらに移動してしまう。編集部を撮る方が楽しくてしょうがないという感じだ。別に編集部を出さなくても話は成立するんだけど。
 「笑いと恐怖」の成功例としてはスピルバーグの「ミュンヘン」が挙げられる。「伝染歌」は笑いの方向に大きく傾いてしまったが、この作品では笑いの要素が隠し味として実に不気味な効果をあげている。「ミュンヘン」の殺人シーンはすべてブラック・ユーモア的な発想で組み立てられている。スピルバーグはそれを強調せずに徹底的にリアリズムで演出した。だから観客はゾッとするのだ。男騒ぎの作家である原田眞人は、本来なら抑制すべきところをどうしてもデフォルメせずにいられなかった。
 いっそ「月刊MASAKA」編集部を使って一話完結の連続ドラマを作ってみるのはどうだろう。だって設定の作り方がまるで連ドラみたいなんだもの。クセ者ぞろいの雑誌記者たちが事件に首を突っ込んではひどい目に会う。これは昔懐かしいドタバタのはいったハード・ボイルドの設定だ。「傷だらけの天使」とか「探偵物語」とか「あぶない刑事」とか、事件よりもそれを追う側のエキセントリックさが際立っているような作品群である。この編集部ならあらゆる事件に首を突っ込む事ができるので、事件のネタはかなりバラエティーに富むと思う。特に味方の中に伊勢谷のような何をしでかすか分からない奴が居るというのは新鮮なので、けっこう面白い番組になるんじゃなかろうか。でもテレビでああいうキャラを出すのはちょっと無理かな。
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