ヨーロッパ王室映画祭

 16世紀のヨーロッパはちょうど近代が始まった頃なので、色々面白い人間がいて映画のネタにも事欠かない。ただヨーロッパの王室は、国をまたいだ政略結婚をバンバンやってたので系図が入り乱れている上に、似たような名前が何人もいるので訳がわからなくなる。この時代を描いた映画はいっぱいあるけど、ある程度予備知識がないと人間関係が理解しにくいと思う。しかし俺はひらめいた。一本一本はわかりにくくても、まとめて見るとなんとなく分かってくるんじゃないか。人脈が相互に関連しているから。
 というわけで勝手にそんな映画祭のラインナップを考えてみた。最初に見るべきはやっぱりこの映画だろう。1492年といえば日本では戦国時代の初期に当たる頃だ。

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 コロンブスのスポンサーになったのはスペインのイザベル女王である。当時のスペインはカスティリアアラゴングラナダ、ナヴァルの四つの王国に分かれていた。カスティリアの女王だったイザベルは、まずアラゴンの王子フェルナンドと結婚する事で二つの国を合併させた。次いでイスラム教徒の支配下にあったグラナダを陥落させてスペインを統一。ヨーロッパで最初に強力な中央集権国家を作った女傑である。四つの王国のうちナヴァルがまだ残ってるけど、記事の後半にまた出てくるから覚えておいてね。
 このフェルナンドとイザベルの娘がラ・ローカ(狂女)と言われたファナである。
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 ファナの結婚相手は神聖ローマ帝国(今のドイツ)の皇太子フェリペである。彼は美男王と呼ばれたほどのイケメンだった。それがかえって悪かったのか、夫の死後は廃人同様になり、女王の位を持ったまま50年間も幽閉された。フェリペとファナの息子が、のちに欧州の覇王と呼ばれるカルロス(カール5世)である。この人はヨーロッパの王室婚姻政策の結晶とも言うべき人物だ。父から中央ヨーロッパを、母からイベリア半島を相続し、おまけに祖母がコロンブスのスポンサーだったため、新大陸アメリカまで転がり込んできたのだ。でも本人は広すぎる領地を治めるのにヘトヘトだったそうだ。これに懲りたカルロスは再び領地を二分して、神聖ローマ帝国を弟に、スペインおよび新大陸を息子に継がせた。
 ファナの妹キャサリンイングランドのヘンリー8世と結婚する。 このあたりから宗教改革が始まり、ヨーロッパは次第にカトリックプロテスタントの戦いに飲み込まれていく。キャサリンは娘のメアリーを産むが、世継ぎの男子を産むことが出来なかった。どうしても男子が欲しいヘンリー8世はキャサリンと離婚して愛人のアン・ブーリンと結婚しようとするが、ローマ教皇の許可が下りない。業を煮やしたヘンリーはカトリックから離脱して英国国教会を設立する。この映画は姉妹を入れ替えたりして、かなり史実を変えているので要注意だ。その後の、すっかり嫁チェンジ癖がついたヘンリーを描いた映画に「ヘンリー八世の私生活」がある。戦前の作品だけどスマートで機知に富んだ映画だ。
 ヘンリーとアン・ブーリンの娘がエリザベス。彼女は織田信長のひとつ年上である。
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 先に王位を継いだのはキャサリンの娘メアリーの方である。彼女はカトリック信者だったので、父親の宗教改革を覆してプロテスタントを大弾圧した。そのため、ついたあだ名がブラッディ(血まみれ)・メアリーだ。ちなみに当時メアリーと結婚していたのがカール5世の息子(つまり狂女ファナの孫)フェリペ2世である。メアリーにとっては母方の従兄の子という事になる。彼の率いる無敵艦隊は、のちに英国海軍と死闘を繰り広げる事になる。エリザベスはブラッディ・メアリーの死後、ようやくその後を継いだ。
 当時のイギリスはイングランドスコットランドに分かれていた。その頃スコットランドを治めていたのがフランス出身のメアリー・オブ・ギーズである。ギーズ家はフランス宮廷で絶大な権力を持つ大貴族だ。彼女は娘のメアリー・スチュアートを女王に立て、その摂政としてスコットランドの実権を握っていた。当のメアリー・スチュアートは幼い頃にフランス皇太子フランソワと婚約してフランスに渡っていた。二人が正式に結婚したのはエリザベスの女王就任と同年である。しかし、のちに夫と死別して帰国。スコットランド貴族と再婚する。
 ちなみに続編の「エリザベス:ゴールデン・エイジ」では帰国したメアリー・スチュアートとエリザベスの葛藤が描かれているはずだが、俺はまだ見てない。でも結局、処女王エリザベスに子供はいないので後を継いだのはメアリー・スチュアートの息子ジェームズである。ジェームズの即位によってイギリスは統一される。それにしても一本の映画にメアリーと名のつく女性が三人も出てくるからヨーロッパ王室はややこしい。
 劇中エリザベスの花婿候補として登場したのがフランスの王子アンジュー公アンリである。彼はメアリー・スチュアートの義弟に当たる。その母親が聖バルテルミの虐殺で有名なカトリーヌ・ド・メディシスである。
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 カトリーヌ・ド・メディシスはその名の通りフィレンツェメディチ家の出身である。彼女は予言者ノストラダムスパトロンとしても有名だ。カトリーヌの子供達には、それぞれ問題があった。長男のフランソワは病弱で、王位を継いでまもなく死んでしまう。後を継いだ次男のシャルルも病弱だった。その下の兄妹もクセ者ばかり。
 当時のフランスでも旧教徒と新教徒(ユグノー)の激しい戦いが続いていた。カトリック信者だったカトリーヌ・ド・メディシスは、娘マルゴの婚礼を祝うために集まっていたユグノーを皆殺しにする。有名な聖バルテルミの虐殺である。この惨劇のショックが強すぎたのか、次男のシャルルはまもなく死んでしまう。その後を継いだのが、エリザベスの花婿候補だった三男のアンジュー公アンリである。この人はかなり病的な性格だ。妹のマルゴは流行り歌にうたわれるほどのセックス中毒だし、この兄弟はみんな虚弱体質か異常性格のどちらかだ。
 ちなみに長男フランソワの妻だったスコットランドメアリー・スチュアートは、この映画の頃には死別して帰国してる。虐殺を指揮したギーズ公アンリはメアリー・スチュアートの母親の出身母体であるギーズ家の一族である。あと、この映画には「1492コロンブス」の所で書いたナヴァルが登場する。実はマルゴの結婚相手はナヴァル王なのだ。このナヴァル王アンリは良心アンリと呼ばれるほどの名君だったそうだ。当時のナヴァルはスペインにどんどん領地を削り取られ、ピレネー山脈北側にわずかな部分を残すのみとなっていた。そのため自らフランスの保護国となる事で生き延びてきたのだ。しかしこの映画でもアンリが三人も出てきてややこしいな。のちにフランスは、この三アンリの戦いに突入する。その戦いに生き残った良心アンリが王位を継ぎ、ナヴァルとフランスは合併するのだ。
 こうして見ると当時の政略結婚は、産まれる子供がいかに多くの土地を相続できるかがポイントだったようだ。だから子供が相続するたびに、国が合併したり分裂したりしている。つまりブラッディ・メアリーとフェリペ2世に子供ができていたら、イングランドとスペインは合併していたという事だ。あるいはメアリー・スチュアートとフランソワの間に子供がいたら、スコットランドとフランスは合併していた。よく考えたら凄い話だ。
 この時代の富の源泉は土地である。収穫物の多い土地を広く所有する者が勝ち組だった。スペインの覇権を支えたのは、言うまでもなく新大陸からもたらされる金である。しかし、やがて近代資本主義が始まり、土地に代わって「市場」が新しい富の源泉となった。国同士の合併劇にあまり意味がなくなっていくのだ。ちなみにフェリペ2世の無敵艦隊が英国海軍に敗北したのが1588年だ。このときを境にスペインはヨーロッパの覇者から転落していく。その翌年には良心アンリがフランス王に即位する。彼はナントの勅令を発して国内の宗教戦争に終止符を打つ。ついでに書くと、さらに翌年の1590年に豊臣秀吉は天下統一を果たしている。ヨーロッパでも日本でも、動乱の時代がこのあたりで終わっていくわけだ。