映画ファンは妄想がお好き(2)

 前回は横溝正史の「八つ墓村」を取り上げて、「俺ならこう映画化するね」という妄想をえんえんと語ってしまった。あきれる人もいるかも知れないが、この種の妄想は映画ファンにとっては日常茶飯事である。さて今回は皆様お待ちかね(?)、恋と冒険の一大ロマンとして映画化するかめえろ版「八つ墓村」のキャスティングを発表したい。
 まずは気になる金田一耕助から。原作からすると、この人物は決して二枚目の役どころではない。横溝自身のイメージでは渥美清が一番近いそうである。しかしご存知のように松竹版では作者が太鼓判を押す渥美金田一の評判がすこぶる悪い。どうもこの役には石坂浩二の呪いがかかっているらしい。知的な二枚目じゃないと世間が納得しないのだ。かくいう俺もその呪いにかかっている一人である。端整な顔立ち、知性、そして人なつこさの三要素のうち一つでも欠けていたらやはり違和感を覚える。では誰が適役なのか。あれこれ考えた末に堺雅人だという結論に達した。かめえろ版では最後に金田一が犯人を説得して自白に追いこむシーンを入れる予定である。時に声を荒げる場面も出てくると思う。飄々としてなおかつ、そういう時もビシッと決めてくれそうなのはやはり堺雅人じゃないだろうか。
 問題はヒロインの里村典子を誰にやらせるかだ。ここはあえて多部未華子をキャスティングしたい。俺は彼女の事をただの地味なタレントとしか思ってなかったけど、「フィッシュストーリー」を見て認識を改めた。この映画の彼女は溌剌としてて、なかなか可愛らしいじゃないか。黙って座っていたら地味だけど、動き回ったり喜怒哀楽をあらわにした時に魅力が出てくるというのは典子役にうってつけである。和服が似合いそうなのもポイントが高い。典子が多部未華子だとすれば、兄の慎太郎は誰がいいか。ふとARATAの顔が浮かんだ。里村慎太郎は元軍人で気位が高く、鬱屈した思いを胸に宿している男だ。ARATAならそんな人物像を的確に表現できると思う。
 さて「八つ墓村」で避けて通れないのが三十二人殺しの田治見要蔵である。この役は松竹版の山崎努が凄かった。まさに鬼の荒々しさ。あのド迫力には誰もかなわないと思う。同じ方向性を目指せば必ず失敗するだろう。ここはひとつ全く別のアプローチから攻めてみよう。原作によると要蔵は粗暴で、暴れだしたら手がつけられない男とある。この記述にとらわれると、どうしても山崎タイプを選んでしまうので、一度原作から離れる必要がある。そういえば原作のモデルとなった津山三十人殺し都井睦雄は細身で色白の美青年だったそうだ。花輪和一の書いたイラスト(下)でも、つるっとしたお坊っちゃんみたいに描かれている。ここに突破口があるかもしれない。実物を見てみると・・・・wikipedia:津山事件
 都井は事件当時21歳。ウイキに載ってる写真を見ると、かなり下膨れなのが気になるけど目鼻立ちは割と整っているように見える。ためしに指をVの字にして下膨れを隠してみた。すると突然、天啓のようにキャスティングがひらめいた。これは松田龍平にやらせると面白いかもしれない。彼を使うとすれば鬼の恐怖ではなく、もっと肉体の希薄な幽霊のような恐怖感を演出できるのではないか。そういった演出は「リング」や「呪怨」以来、日本映画のお家芸である。具体的にいえばカメラは常に被害者の側に置かなくてはならない。殺戮中の要蔵は幽霊に近い存在なので、徹底的に無表情・無感動を通してもらう。狂人の芝居なんてもっての外である。要蔵はいつのまにか背後に忍び寄っている。村の地理を熟知しているので、どこに隠れようと必ず見つけてしまう。暗闇から飛んでくる銃弾。油断してると不意に隣の人間の頭がはじけ飛ぶ。逃げ場のない恐怖。歴代の「八つ墓村」では常にカメラが要蔵を追っていたけど、俺はあえて要蔵をチラチラとしか出さない。偶然写りこんだ被写体のように要蔵を撮るのだ。

 要蔵役をやる俳優は息子の久弥も一人二役で演じる事になっている。要蔵が目立つので余り話題にならないけど、実はこの久弥の演技が重要なのだ。思うに横溝はこの親子に都井睦雄の二つの面を投影している。強い性欲と内なる凶暴性を要蔵に、肺病病みで屈折したところを久弥に。だから久弥の屈折を充分描かないと片手落ちになってしまう。その意味では東宝版の岸部一徳は、こと久弥に限っていえば山崎努よりピッタリだった。だが俺には松田龍平がそれ以上のはまり役になる予感がする。原作より大分若いけど、そんなこと構うもんか。それに彼は真っ赤な血を吐いてのたうち回る姿がよく似合う。
 そうなると主人公の寺田辰弥もおのずと決まってくる。松田龍平の息子兼腹違いの弟であり、かつ多部未華子の相手役である。加えて大作映画の主役に抜擢されておかしくない二十代半ばの俳優。これはもう松田翔太しか考えられないじゃないか。腹違いの兄弟役に本当の兄弟を使うところがミソである。幸いこの兄弟はあまり似てない。そしてこのキャスティング自体、観客に対するミスリーディングになっている。では春代姉さんはどうするか。春代はフジテレビ版のりょうが強烈だったからなあ。本音を言えばこの役だけは、兄弟の順番を変えてでもりょうを再登板させたいところだ。つまり春代を久弥の妹ではなく姉にしてしまうのだ。でもりょうと龍平の姉弟なんてまるで和製アダムス・ファミリーだな。これだと少しやりすぎな気がするので、より原作のイメージに近い江口のりこあたりを持ってきた方がバランスは取れるかもしれない。
 残るは西屋の森美也子である。わりと実験的な企画なのでこの役はなるべくオーソドックスな人選で行きたい。まあ、どうせなら財布の紐を握る出資会社のお偉いさんが納得できるような分かりやすい人がいい。だから芸能人の最大公約数という感じの、記号的なスター女優を配するのがベストだと思う。という訳でこの役は松たか子なんかどうだろう。原作によると美也子は面長の古風な顔立ちに都会的な洗練を併せ持つ美女となっているので、松たか子ならかなり近いんじゃないだろうか。表向きこの人を前面に押し出せば、けっこう制作費をふんだくれると思うんだ。
 おっと、忘れてた。俺の映画では博労の吉蔵が重要な位置を占めるんだ。スマートな役者が多い映画なので、この役は田舎の野暮ったさを体現したような、土俗的なパワーを感じさせる俳優が望ましい。普通に考えると香川照之しかいないような気がするけど、当たり前すぎて面白くないんだよなあ。この役は意外な人を持ってきたほうが上手くいくような気がする。例えば、パッと思い付いた名前を挙げればパパイヤ鈴木とか。今のところ他にいい案が浮かばないので、暫定的にパパイヤにしておく。
 最後にどうしてもキャスティングしたい俳優がいる。岡山県津山市出身のオダギリジョーである。実は彼と堺雅人と、どっちを金田一にするかで最後まで迷った。帰国子女でボヘミアン気質という素のキャラは金田一とほとんど一緒なんだけど、いかんせんスットボケた探偵という役どころはテレビで嫌というほど見せられている。いまさら彼を金田一にキャスティングしても二番煎じになるだけだ。しかし「八つ墓村」を映画化する以上、津山三十人殺しのお膝元で生まれた彼にはぜひ出演してもらいたい。そこでオダギリジョーには落武者のリーダーをやってもらうことにした。どうせ連続殺人は削ってしまうのだから、落武者のパートを思いっきり拡大してもいい。
 メインキャストはこんな感じで行きたいけど、残りのキャストはどうしようか。とりあえず俺はここまで考えただけでヘトヘトになってしまった。後は皆さんでよろしく考えてほしい。「八つ墓村」はいいかげん切り上げて、早いとこ次の企画の話に移りたい。次の企画? そう、実はもうひとつ思いついた妄想企画がある。こちらの企画はよりジャーロに近付いた横溝パチモン路線である。しかし長くなりそうなので続きはまた次回という事で。妄想の種は尽きない・・・・
 歴代「八つ墓村」の配役比較
http://www7.ocn.ne.jp/~yokomizo/haiyaku-yatuhaka.html