横溝系フランス映画

 俺は常々フランス人は意外と横溝正史が好きなんじゃないかという疑いを抱いている。フランス映画を見てると、たまに横溝的世界観をもつ作品に出会う事があるのだ。最初に怪しいと感じたのはジャン・ジャック・アノーの「薔薇の名前」を見たときだ。そのおどろおどろしい雰囲気はもとより、あるシーンでは「犬神家の一族」にそっくりの見立て殺人が出てくる(厳密に言えば「犬神家」と「手毬唄」の合わせ技)。これは当時かなり話題になっていた。

 そしてマチュー・カソヴィッツの「クリムゾン・リバー」を見た時点で疑惑が確信に変わった。閉ざされた山奥の田舎町で起きる連続猟奇殺人。事件の背後には呪われた血統の秘密が隠されていた・・・・まるで横溝をパクったとしか思えないストーリー。主役がジャン・レノヴァンサン・カッセルなのでアクション仕立てになってるけど、探偵役を軟弱な風来坊に入れ替えると、そのまま金田一シリーズの一編になる。事件の原因も「親の因果が子に報い」という、横溝作品の黄金パターンだ。この映画が大ヒットして続編も作られたという事は、フランス人もこういうのが好きなんだろう。横溝をアニメ化してフランスに輸出したら案外ウケるんじゃなかろうか。
 横溝系の古典的な作品としてはジャック・ベッケルの「赤い手のグッピー」というのがある。この作品の存在はずいぶん前から知ってるんだけど、今だに見ていない。でも解説なんかを読むと、非常に横溝を連想させる物がある。パリから遠く離れた村に住むグッピー家の一族は、財産をよそ者に渡さないために血族結婚を繰り返していた。この設定だけでわくわくしてくるなあ。物語はパリで成功した当主の息子ムッシューが村に帰還してくるところから始まる。ムッシューを従妹に当たるミュゲと結婚させるために呼び戻されたのだ。物心ついたときからパリで暮らすムッシューは最初は戸惑うものの、徐々に美しいミュゲに惹かれてゆく。ところが別の従兄トンカンもミュゲに心を寄せていた。そんな中、一族の間で殺人事件が起き、ムッシューに疑いがかかる。そこで「赤い手」と呼ばれるグッピー家のはぐれ者エドワールが捜査を開始する。
 まさに横溝系と呼ぶにふさわしいストーリーだ。都会育ちの若者がよく知らない田舎の血縁に呼び戻されるというのは「八つ墓村」を連想させる。従兄弟同士で女を取り合うのは「犬神家」だ。登場人物はみんな個性的でキャラが立っているけど、多すぎて誰が誰やら分からなくなるらしい。横溝の作品も大抵そうだ。この話なら舞台を日本に移しても充分成立するじゃないか。横溝パチモン路線である。面白そうなので「赤い手のグッピー」を妄想リメイクしてみよう。実際「死刑台のエレベーター」なんかリメイクするより、こっちの方がよっぽど面白いと思う。オリジナルを見てないのにリメイクを考えるなんて乱暴だと思うかもしれないけど、妄想だからいいのだ。
 舞台は北上川流域の山村。かつて南部藩の所領だった所である。この舞台設定は日本のゴシック小説である横溝と南部ゴシックを引っ掛けた駄洒落なので、あまり意味はない。まあ横溝がブームになる前までは、こういう怖い田舎の話は東北地方か日本アルプス周辺が主流だったのは確かである。例の杉沢村も東北だったしね。時代設定はパチモンなので現代。ストーリーは全く変えず、機械的に日本に置き換えれば良いだろう。ただし趣向を凝らしたスプラッター・シーンが最低三つは欲しい。派手な血しぶきとアルジェントばりの奇抜なカメラワークで作品を盛り上げる。つまり意図的に和製ジャーロを目指すわけだ。だからストーリーの整合性を気にしてはいけない。この作品はあくまでも見世物に徹したB級映画なのだ。オリジナルは基本的にコメディ・タッチで進むみたいだけど、リメイクではユーモア抜きにする。なぜかというと、これは俺が発見した横溝パチモン映画の法則に基づいている。正調横溝映画には金田一耕助という稀有のキャラクターがいて、彼のユーモラスな存在感によって事件の陰惨さが緩和されている。ところがパチモンにはそういう便利なキャラクターが出てこないので、ひたすら救いのない陰惨さが作品を覆ってしまうのだ。この作品もやはり伝統に従った正しいパチモン映画にしたい。
 前回の「八つ墓村」は大作映画を意識したキャスティングだったけど、今回はB級である。いや、形容矛盾を承知で言えばB級映画の一級品を目指す作品だ。それなりに強力なキャストを揃えないといけない。主役のムッシューは窪塚俊介でどうだろう。彼が主演と聞いただけで、とたんにB級感がただよってくる。兄貴より芝居が達者なのは間違いないけど、何をやらせても観客に微妙な居心地の悪さを感じさせる男である。これは逆に凄い才能かもしれない。何だかんだ言って、俺は窪塚俊介が気になってしょうがないのだ。相手役のミュゲにはB級映画の定番キャスティング「最近見なくなったアイドル」を起用したい。例えば時東ぁみなんかちょうどいいと思う。もちろん眼鏡は外してもらうけど。探偵役の赤い手は津田寛治にやってもらおう。ご存知のように彼は大作から低予算映画までおびただしい数の映画に出演しているが、役柄が大きければ大きいほど作品がB級化していくという特徴を持っている。となると津田寛治を準主役にしない訳にはいかない。似たような特徴をもつ役者に田口トモロヲがいるから、彼にも何か大きな役をやってもらおう。この二人は俺にとってB級映画のバロメーターである。
 我ながらいい企画だなこりゃ。これまで二ヶ月に渡ってえんえんジャーロだの横溝だの書いてきたのは、最終的にこの企画を生むためだったと思えてくる。そういえば「赤い手のグッピー」は44年の制作だった。横溝が金田一を書き始める前の映画じゃないか。パチモン呼ばわりしてごめん。
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<おまけコーナー>
 最後に妄想キャスティングのバリエーションをひとつ。もし黒澤が金田一を撮っていたらどうなるか。「八つ墓村」を原作リアルタイム(51年)の映画化という想定でキャスティングしてみた。

 なお冒頭の30分は八人の落武者が財宝を抱えながら敵中突破して八つ墓村にたどり着くまでのアクション時代劇になっている。これは冗談だけど、結構それらしいキャスティングになってるな。三船の金田一は一見ミスキャストに思えるかもしれないけど、大林宣彦の「金田一耕助の冒険」に前例があるのだよ。もっとも三船なら暴徒と化した村人達を全員叩きのめして止めちゃいそうだけどね。ちなみに千石規子杉村春子宮口精二は千恵蔵金田一にも出てる。
http://www.ne.jp/asahi/betty/boop/3bonyubi.htm
http://www.ne.jp/asahi/betty/boop/gokumonjima.htm
 他にも小津安二郎の「犬神家の一族」とかヴィスコンティの「悪魔が来たりて笛を吹く」とかいろいろ考えられるので、皆さんも妄想してみてはどうだろう。