1968年の映像美

 先日ユーチューブで「2001年宇宙の旅」をなにげなく見始めたら、途中でやめられなくて最後まで見てしまった。最初は類人猿のくだりだけ見るつもりだったのになあ。この映画はスクリーンで見ないと見たことにならないと言われてるけど、いまだに映画館で見たことがない。しかしユーチューブの小っちゃい画面で全編を見てしまうとは思わなかった。
 1968年といえば「俺たちに明日はない」や「卒業」が登場した翌年だ。アメリカン・ニューシネマ旋風の真っ只中である。アメリカン・ニューシネマとは、主人公がストーリーと関係なくふらふら遊んでいる所をえんえん撮り続けるような映画のことだ。つまりはヌーベルヴァーグに憧れるアメリカ人が作った映画群である。セックスと暴力を大胆に取り入れた物語と、即興的な演出で当時はかなり評価が高かった。しかし今見ると別に何て事のない映画に思えるかもしれない。
http://www.kanshin.com/collection/1167561
 そんな映画史における節目の時期に公開されたのが、スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」だ。キューブリックという人はあんまりニューシネマと関係ないんだけど、こういう「時代の転換期」にポンと代表作を作ってしまうあたりに巨匠ならではの鋭敏な感性を感じる。ニューシネマ初期の作品はどんどん評価が下がってきている状態だけど、公開当時賛否両論だった「2001年」の方は年々評価が上がってきて、今やベスト・テン級の名作扱いである。
 この映画が凄いのはやっぱり映像美だ。40年前の映像なのに、今見ても全く古びてない。撮影監督はジェフリー・アンスワースとジョン・オルコット。撮影期間が長期にわたったので、途中で撮影監督が交代している。アンスワースは戦後すぐに活動を開始したイギリスのベテランで、カラー撮影の美しさに定評がある人物。代表作は「2001年」以外だと、やっぱり「テス」だなあ。アンスワースの助手だったオルコットは「2001年」で追加撮影をつとめた後、キューブリックの次回作「時計じかけのオレンジ」で一本立ちする。

 何というか、突然変異的な映像美である。これまでのどの映画にも似てない画面だ。感覚的な言い方で申し訳ないけど、それまでの映像が木綿の質感なら、「2001年」は絹の肌触りである。実際、この映画の照明法は、それまでのセオリーを無視した物である。例えばこれ。

 天井に照明器具を全くつけてない。半透明のパネルでセットを囲み、その裏にライトを並べて四方から均等に照らしている。当然、人物より壁の方が明るい状態になっている。それまでのセオリーは人物を明るく照らして背景から浮かび上がらせるという物なので、これは全く真逆の画面である。こういう、明るい背景に沈んだ人物という組み合わせは画面に独特の透明感をもたらす。
 その後、この手法を応用した映画がいっぱい出てくる。例えば「ゴッドファーザー」のこれとか。

 とにかく「2001年」はワンカットワンカットが芸術品なので、画像を見てるだけで飽きない。ここにキャプチャ画像が沢山あるので、ぜひ見て欲しい。
http://metamorphose-planet.blog.so-net.ne.jp/2010-08-03
 ちなみにこの年のアカデミー撮影賞は「ロミオとジュリエット」だ。

 撮影監督はパスクァリーノ・デ・サンティス。この人はヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」とか「ベニスに死す」なんかを撮っている。後期ヴィスコンティの名パートナーといえる人だ。さすがに上手いんだけど、やっぱりこの時代の映像という感じである。つまり60年代的な映像感覚から抜けきれていないのだ。見比べてみればいかに「2001年」の映像が異常かが分かる。
 映画における映像美の歴史を見ると、「2001年」以前と以後で映像の質ががらりと変わる。ターニング・ポイントとなった作品なのだ。実際、ちょうど「2001年」の公開前後から、後に「光の巨匠(Masters of Light)」と呼ばれる新しいタイプの撮影監督が続々と登場している。67年にはアルトマンの作品などで革新的な技法を次々と編み出すヴィルモス・ジグモンドが、69年にはベルドルッチとのコンビで有名なヴィットリオ・ストラーロが、70年には「ゴッドファーザー」でお馴染みのゴードン・ウイリスがそれぞれデビューしている。ジョン・オルコットはその後キューブリック組に欠かせない撮影監督となり、「バリー・リンドン」の超絶技巧的な映像美が世界中の絶賛を浴びた。この人たちのその後の歩みを見てみると、「2001年」の達成をいかに乗り越えるかで悪戦苦闘しているようだ。次回は彼ら絹の肌触りを持つ撮影監督達について書いてみよう。
 最後に某ちゃんねるで見かけた「2001年」の内容紹介が面白かったのでを引用しておく。俺は後にも先にも、これほど見事な要約にお目にかかったことがない。「黒くて固くておっきいのがそそり立ってるの 白い精子みたいなのが ビュビュ〜ンって飛んでいくの 最後は赤ちゃんが生まれるの そんな映画」
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