映画の叙述トリック

 悪名高いディズニーの「アトランティス」を借りてきた。何故悪名高いかはこれを参照。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/9219/atlantis.htm
 要するに「ジャングル大帝」に続いて、今度は「ナディア」をパクったわけだ。とはいえ「ナディア」に関してはリアルタイムに一度見たきりなので記憶がボンヤリしてて、俺にはハッキリ盗作とは断定できない。「ラピュタ」に似ているという意見もあるけど、むしろ宮崎作品全般からの引用が多いように感じる。何しろクライマックスには巨身兵が出現するし、その直後に「カリオストロ」で見たような光景が展開される。でも、この程度の引用なら大した事ないんじゃないかなあ。そもそも「ナディア」自体、引用だらけのツギハギ作品だから、あんまり騒ぐと「ナディア」自身の首をしめる事になりかねないと思う。個人的には面白ければオッケーなんだけど、問題は「アトランティス」がいまいち盛り上がらないって事なんだよなあ。
 それより「アトランティス」の冒頭で叙述トリックが出てくるので、そっちの話をしたい。オープニングが終わっていよいよ本編に入るシーン。聴衆の前で講演をしているらしき人物が登場する。その青年は聴衆のシルエット越しに、アトランティスの伝説を流暢にまくし立てている。だがカットが変わると、そこは講堂ではなくボイラー室である事が分かる。聴衆のように見えていたのは、実は洋服掛けに吊るされたコートや帽子だった。つまり青年は一人で講演の真似事をしていただけなのだ。場所を誤認させるテクニックである。
 これを見てハッとひらめいた。前回の記事で、テレビのスタジオ・トーク叙述トリックを仕込むのは可能だろうかと書いたが、よくある手口で簡単にできるじゃないか。よくある手口とはこれだ。ジャングルの中に男が立っている。だがカメラが引くと、男は単にジャングルのポスターの前に立っていたに過ぎないことが分かる。このテクニックを使って、ロケと思わせといて実はスタジオだったというのはどうだろう。あ、でもこの手は冒頭のつかみでしか使えないかな。理想を言えば、最後にどんでん返しが起るのがいいんだけど。まあ、引き続き考えてみるか。
 ところで去年話題になった「アフタースクール」は日本映画には珍しく全編に渡って叙述トリックを駆使した作品だった。これは起承転結の起の部分を隠す事によって全体を誤認させる手法を用いている。おそらくこの作品のヒントになったのは「スティング」だろう。佐々木蔵之介の役どころはチャールズ・ダーニング(悪徳刑事)とほぼ同じである。つまり「スティング」をチャールズ・ダーニングの視点から見たらどうなるか、というのが発想の出発点だったんじゃないかな。「スティング」も起(の後半部分)を隠す事でラストのどんでん返しを成立させている。ただ、こっちの方はあまり叙述トリックという感じはしない。なぜなら観客側に計画の九割まで明かされているからだ。しかし、何もかも明らかなように見えて実は明らかでなかったという、立派な叙述トリックだと思う。
 こういう、重要なシーンを省略する事で観客をミスリードさせる手法を省略法と名付けよう。主人公側が作戦会議を始めたとたん、場面が切り替わったら要注意だ。どんでん返しとは言わないまでも、きっと何かひっかけが待ち構えているに違いない。その他の手法としては、時系列を並べ替えたり(「メメント」「エターナル・サンシャイン」)、違う場所を同じ場所だと錯覚させるやり方(「羊たちの沈黙「スピード」)がある。それぞれ時系列操作法と空間操作法と名付ける。そしてこの三つの手法を総称して編集トリックと名付けておこう。
 叙述トリックを仕掛ける方法はまだある。編集トリックと並んで大きなカテゴリーとなるのがカメラを使う方法だ。これを撮影トリックと名付けよう。念のために言っておくと、撮影トリックとは決してトリック撮影の事ではない。分かりやすい例を言えば、犯行シーンで急に犯人の主観映像になったり、後姿や手のアップしか写さなくなったりする手法である。つまりカメラ・アングルを操作して重要なものが映らないようにするのだ。この手法の代表作ともいえるのがアルドリッチの「何がジェーンに起ったか?」だ。
 三つめのカテゴリーとして考えられるのは、被写体トリックだろう。これは被写体を隠さず堂々と写して、なおかつ観客を錯覚させる手法である。ちょっと考えると無理なように思えるが、こういう映画は意外と多い。例えば「アトランティス」の冒頭なんかは、洋服掛けに吊るされたコートや帽子をシルエットで処理する事によって、講演会の聴衆と錯覚させている。あるいは「サイコ」ではシャワー殺人のシーンと地下室に移動するシーンで老婆の姿を写しこんでいる。まあこれらは隠さず堂々とは写してないかもしれないけど、何とか衣装や照明を工夫して観客をミスリードさせている。ある意味いちばん堂々としてたのは「シックス・センス」だ。これを超える作品はちょっとないだろうなあ。ちなみにダリオ・アルジェントの映画には毎回かならず何らかの被写体トリックが仕込まれている。この人はホラーの文脈で語られる事が多いけど、本質的にはミステリーおたくなんだと思う。そうそう、「アフタースクール」に出てきた監視カメラの映像も被写体トリックとしてよく出来てたな。
 以上のカテゴリーで、ほとんどすべての叙述トリックは分類できると思う。しかし中にはこの分類に収まらない作品も存在する。それでは最後に俺が叙述トリック界の鬼っ子と考えている○○○トリックを紹介しよう。作品としては「ふくろうの河」「荒野のダッチワイフ」「ジェイコブズ・ラダー」が挙げられる。この中の一本でも見た事がある方は、鬼っ子という意味がわかってもらえると思う。だって○オチ同然なんだもん。とにかく未見の方には、見て驚けとしか言いようがない。
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