東映ラプソディ

 前回の記事で、横溝映画は日本のジャーロであるという結論になったけど、この話題は面白いのでもう少し続けたい。70年代の横溝ブームは、角川・東宝の一連のシリーズによって火がついて、松竹の「八つ墓村」で頂点に達したという図式である。しかしジャーロ的観点から見ると、この間の東映の動きが面白いのだ。
 ご存知のように東映終戦直後に片岡千恵蔵金田一シリーズを映画化してるわけだが、70年代のリバイバルには乗り遅れた形となった。そこで東映がぶつけてきたのが何故か小林旭多羅尾伴内である。多羅尾伴内とは千恵蔵金田一と同時期に、同じく千恵蔵主演で制作された探偵活劇シリーズである。おそらく金田一→千恵蔵→多羅尾伴内という連想ゲームから企画されたのだろう。出来上がったリメイク作品はもの凄くキッチュで荒唐無稽な映画になった。映画というより小林旭のバラエティ・ショーである。
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 俺は子供のときにテレビでこの多羅尾伴内を見たけど、子供が見ても分かるほどのチープな画面と金田一物を凌ぐスプラッター描写で、すっかりトラウマを植え付けられてしまった。この頃の東映は異常性愛シリーズや実録ヤクザ路線を経ているので、バイオレンスに鈍感になっていたんだろうなあ。一応、少年マガジンとタイアップして「大人から子供まで楽しめる映画」を目指してたはずなんだけど。顔面に斧を叩きつけて血が噴出するのはまだ良い方で、強烈だったのはコンサート中のアイドル歌手の胴体が真っ二つになるシーンだ。ちなみにこれは宝塚の汚点として有名な香月弘美の胴体切断事故をモチーフにしている。wikipedia:香月弘美
 横溝作品をスプラッターの入った推理物という大雑把な理解だけで真似してみたとしか思えない。しかし俺なんか正調横溝映画よりも、こういう流行に乗ろうとして大きく方向性を踏み外してしまった作品の方により濃厚なジャーロ性を感じる。今ならこの映画だって、ジャパニーズ・トラッシュの隠れた名品としてタランティーノあたりに再評価されてもおかしくない。大雑把なのは観客も同じで、これはこれで何故かヒットして続編も作られた。続編の「鬼面村の惨劇」は見てないけど、聞くところによるとこっちは横溝を意識して舞台を都会から田舎に移したのは良いが、小林旭のキャラが田舎に合わず失敗したらしい。スタッフ・キャストの弱体化も大きな原因のようだ。おそらく東映多羅尾伴内の続編に力を入れなかったのは「悪魔が来たりて笛を吹く」の映画化権を獲得したからだろう。
 ブームも下火になってきた79年にようやく東映も正式に横溝映画を作る事が出来たわけだが、この頃にはもう原作の方が種切れになっていた。テレビの横溝正史シリーズも複数の短編を合成したり、金田一の出てこない原作に無理やり金田一を登場させたりして何とか続けてる状態だったようだ。「悪魔が来たりて笛を吹く」にしても話は良く出来てるけど、東京の事件なので画面が派手になりづらい代物だった。それを馬鹿正直に映像化したせいか、どうも印象が薄い。他社の作品に比べて殺人シーンも大人しすぎて、とても多羅尾伴内と同じ会社とは思えない。唯一印象に残っているのがオープニングのイメージ・シーンだ。床から血が噴出して部屋中に溢れてしまうというもので、スタンリー・キューブリックの「シャイニング」を完全に先取りしていた。見せ場はそこだけといっても過言ではない。
 思えば市川昆は見世物の何たるかを分かっていた。「女王蜂」では原作にないスプラッター描写を付け加えたり、舞台を東京から紅葉の京都に変更したりして、地味な原作を派手にアレンジしている。それにしても多羅尾伴内のときは好き勝手に作ってたくせに、本物の金田一が撮れるとなった途端、妙に大人しくなってしまうあたり、東映の憎めなさを感じる。
 次に金田一が映画化されるのは二年後の81年。遺作「悪霊島」の連載が完結するのを待たねばならなかった。ちなみに「悪霊島」も東映制作である。こちらも東映らしからぬお上品さで、全く印象に残っていない。これで本当にもう原作が尽きてしまったので、しばらく金田一の映画は途切れる事になる。代わりに作られたのが前回の記事にも書いたパチモン映画だ。「この子の七つのお祝いに」は松竹、「湯殿山麓呪い村」は東映制作である。
 「湯殿山麓呪い村」は「悪魔が来たりて笛を吹く」のリターン・マッチのような映画で、殺人の動機や人物配置なんかがよく似ている。加えて江戸中期と太平洋戦争末期におきた事件の因縁が現代に甦るという構想はまるで「八つ墓村」である。しかしムリヤリ話を陰惨な方に持っていこうとして、最後はほとんど冗談みたいな結末になってしまった。映画としては完全に破綻したC級作品なんだけど、徹底的に興味本位で作ったような見世物映画ぶりが忘れられない。やっぱり東映は正式に映画化権を取って大作を撮るよりも、こういうパチモンを低予算で撮っていた方がジャーロ的には収穫があるようだ。まあ大作映画にヌケヌケとスプラッター・シーンを入れてくる東宝・松竹の方が役者は上という感じはするけどね。
 ところで正式な金田一映画でもっともジャーロに近付いた作品は低予算の「本陣殺人事件」で、個人的にも金田一映画のベスト・スリーに入るというのは前回書いた。しかし、ただ一点どうしても違和感を感じる所がある。それは中尾彬金田一に扮している点だ。もちろん当時の中尾は痩せててかっこ良いし、好演しているのはわかる。ただ痩せてる中尾は「堕靡泥の星」の神納達也そっくりなのだ。今にも鈴ちゃんをレイプしそうで、落ち着いて鑑賞できない。
  
 参考までに歴代金田一の配役比較。
http://www7.ocn.ne.jp/~yokomizo/haiyaku-hyoushi.html
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